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2008/08/22- 2021/07/17更新

ドナウ川本流とドナウ運河、旧ドナウ、新ドナウ

このページの内容:
1.皇帝Fヨセフのドナウ川河川工事
2.ドナウ運河(ウィーン旧市街地の脇)
3.旧ドナウ
4.新ドナウとドナウ島

ウィーンの東、ドナウ3000キロ程度の長さで流れるドナウ川は、ヨーロッパでも最も長大な河川です。かつては、平坦なウィーン盆地で多くの中州と湿地帯を含み、5km以上の川幅で自由に流れてました。

ウィーン市内の現在のドナウは、西から東に「ドナウ運河」「ドナウ本流」「新ドナウ」「旧ドナウ」の順で平行に横たわってます。

1.皇帝Fヨセフのドナウ川河川工事

ウィーン市内のドナウ本流の川幅は、土木工事の皇帝として知られるフランツ・ヨセフのドナウ川護岸工事(1870-75年)により、それまでのドナウの中央に真っ直ぐ本流が通され、500メートル程度です。この護岸工事は、歴代皇帝の悩みの種だった春先の雪解けシーズンの洪水解消が目的の大工事だったそうです。ウィーン歴史博物館(独)には、洪水で流された橋のたもとでドナウの激流を眺めるフランツ・ヨセフ皇帝の絵が展示されてます。

2.ドナウ運河(ウィーン旧市街地の脇)

ドナウ運河は、かつてのドナウ川の一番西、旧市街地のすぐ横を流れてます。本流との分かれ目、ドナウ運河上流にある水門は、護岸工事の後運河沿いに旧ウィーン市鉄道、現在の地下鉄U4号線が敷かれたとき、水位の上昇による浸水を防ぐために築かれたそうです。

この水門のデザインは、近代建築の祖と言われるオットーワーグナーの作品として良く知られています。当初2つ造られた水門のうち、旧市街地脇の中央魚市場脇の水門は、1969年のサルモネラ流行後、魚市場の閉鎖と共に取り壊され、現在は旧市街地の反対側の水門監視所と、上流の水門などが残ってます。

3.旧ドナウ

旧ドナウは、ドナウ護岸工事の結果ドナウ川水域東端に生まれた三日月湖です。帝政末期からのウィーン子達の水遊び場として使われてきました。

4.新ドナウとドナウ島

新ドナウとドナウ島 夏に多くの行楽客が集まる新ドナウ/ノイエドナウ/Neue Donau(独)は、ドナウ本流の洪水対策のために、1972年から約10年かけて本流に沿って20キロ程度の放水路として河川敷を掘ったものです。新ドナウは水門により本流から閉ざされ、普段は止水ですが、洪水危機時のみ水門が開けられ、ドナウ本流から分水されます。

関連リンク:
ライブカメラ:ドナウインセル

新ドナウと本流とに挟まれる約20キロの細長い河川敷が、ドナウ島/ドナウ・インセル/Donauinselです。毎年200-300万人の人手で知られるドナウ島祭り(英/独)は、このドナウ・インセルでおこなわれます。