トップページ武田倫子の 「行った・見た・聴いた」ウィーンの森ベートーヴェン

ウィーンの森とベートーヴェン

 作曲家というと、どういうイメージが湧くだろう?歩く姿と結び付く場合は少ない。山野で曲想を錬っていた人として、今月生まれ(12月17日洗礼)のベートーヴェンが挙げられる。また12月に日本ほど「第九」が演奏される国も他にない。作曲していたバーデンからはその楽想の道が続き、メードリングにまで至っている。ここにも夏の仕事場としてハフナーハウスやクリストホーフがあるが、ウイーンの森の一環でもありこの巨匠、逍揺の地であったメードリングの丘陵地帯を歩いてみよう。静かな冬の木漏れ陽射す日も、風趣ある。

 気の向いた時、ウィーンから急行ですぐにゆける。駅前のバスに乗り換え20分で下車し「フザーレンテンペル」までは坂を歩いて30分で登れる。それは、この作曲家の有名なパトロンであったヨハン・I・リヒテンシュタイン侯爵が対ナポレオンとの戦没者のために建てた神殿風のもの。400m前後の山の連なりの中でも殊に景観が美しく、ここからはウィーンの街やドナウまで展望できる。

 巨匠はこの辺の石の上で腰掛けるひとときも好んだ。石灰質土壌のため、からかさ松や黒松の林が続く珍しい趣の森林保護地区。幾つものルートがあり好きに歩ける。「不滅の恋人」とのドラマも終焉し、聴覚もかなり失われていた頃、これだけ歩けたのは健脚であった事も予想されるが、森の神聖さを好んだルードヴィッヒは歩く事により内面を昇華させていったのかも知れない。森や谷のこだま、風のうなりが肌で感じられる。様々な角度から捉えた景色が、自然界の音色が、展開してゆく・・・。ちょうどシンフォニーのように。考えに疲れた時には森の子守歌がこの初老の作曲家を包んだだろうか・・・。山の呼吸の中から音の息吹を感じ、生きる力を得たこともあっただろう。おそらく難聴であった分(彼の心の中では)ふつうの人には聴こえない『心の声』が響いていたことでしょう。

 ウィーンでは大勢の留学生達が音楽を学んでいる。練習や資料調べも大事だけれど、行き詰まった時、音を離れて歩いてみると、ふっと何かが解決するかもしれない。誰でも日常生活ではいろいろな物が堆積してゆく。現実の中で忘れてしまった感覚を取り戻したいと思っている貴方にいかが?

2002年12月たけだのりこ