トップページ武田倫子の 「行った・見た・聴いた」ハンガリーへの旅2/2

ハンガリーへの旅2/2

 可憐なすみれが匂うように春を告げる、復活祭の季節となった。シシィにまつわるこの花は、彼女が好んだハンガリーのゲデレ城の庭に、今でも咲いている。

 ハプスブルク家の歴史を、<体感>するには、どうしても近隣の国々を訪れる必要に迫られて来る。特にオーストリア・ハンガリー二重帝国時代の、民衆の底に波打つ反発と力、そして個性ある豊かさはおもしろい。ブダペストはウイーンから列車で3時間。 王宮の丘にある国立美術館の常設展(無料)では、マジャール人のたぎる血の誇りと戦いの過去が描かれた手応えのある絵画や、ムンカーチ・ミハーイ作品の数々より、従来の歴史書からは見えて来ないハンガリーらしさが存分に味わえる。この美術館の窓からは、見晴るかすドナウの流れや街々が眺められて、この国の歴史に思いを馳せる時には、さらに想像力を豊かにしてくれる。

 エリザベート皇妃(シシィ)は、当地ではジプシーの踊りを見るのを好み、時には顰蹙を買ったと言うことだが、彼女も鬱状態の中では、気を晴らす必要があったのだろう。

 ブダペスト南部のタンツハーズ(踊りの会)「フォノーバーン」に参加してみた。その前半は音楽のみで、聴いていると、ハンガリーの大平原地帯という地の利より、色々な発祥ルーツの可能性が感じられ、ジプシー達が入って来た頃とも一致している。楽器のことを尋ねてみると、何と中世から続くものに改良を加えて、自分たちで創作したとの事でそのユニークさには驚かされた。彼らは同時にプレイヤーでもある。不思議な音の色彩であった。

 後半は音楽に合わせての踊りで、もう唖然とする程のすごい迫力。びっちりと隙間なく音や動作が決まっている。この音色とリズムが綾なすモザイク模様から、ふとハンガリーの代表的なマチョー刺繍が脳裏に浮かんだ。ここまで音楽と踊りが渾然一体となって燃焼するとは。力はもう底から噴出して来る。このエネルギーがハンガリー動乱の時にも民族を支えて来たのではないだろうか。すっかり命の素を戻してもらった気分となった。

 モーツァルトに癒しの効果がある。と言われていても万人に相当する訳でもなく、例えばシシィには、どうであっただろう。現在、さまざまな方向から<療法>が研究されているが、人間は本来、この踊りが持つように潜在的には、自分で癒す力を保っているのかもしれない。音楽療法に頼るよりも、個々人で、自分に合う方向を見つけてゆく方が大事なのでは、と考えさせられた貴重な一夜だった。

2009年03月武田倫子