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ウィーン1区(旧市街地)
ウィーンの中心に位置する1区は、歴史上のウィーンの核にあたり、旧市街地と呼ばれてます。1区の一角からウィーンが創まったことから、華やかな大通りから狭く入り組んだ路地の隅々にまで、古代から現代に至るウィーンの歴史が刻まれています。
古代ローマ帝国時代
1区の一角は2000年位前に古代ローマ帝国の駐屯地として繁栄し、当時はVindo-Vona/ヴィンドヴォォナと呼ばれてました。有名なグラーベンという歩行者天国は、その当時塹壕/Graben があったあたりで、そのまま塹壕の名が残ったものです。
古代ローマ帝国時代の遺跡はHohermarktの博物館等に公開されています。地下4-6メートルの地中に遺跡があるのは、2千年の長きにわたり建造物を建てかえる間に、壊された建物の瓦礫が積み重なり、その中に遺跡が埋まってしまったためです。またKohlmarktのはずれ、王宮のすぐ前の路の真ん中にある遺跡は無料展示で(雨ざらし)、そこでは古代ローマ帝国時代の「ローマの路」を見ることができます。余談ながら「琥珀の路」はウィーンから車で1時間程度のハンガリーのショプロンで見られます。
旧市街地の建築
ウィーンの旧市街地には、中世から現代に至る歴史建造物が多く残り、ロマネスク、ゴシック、ルネサンス、バロック、(新)古典、歴史主義等すべての建築様式を見ることができます。近代建築美術家のオットー・ワーグナー、アドルフ・ロース、さらに現代の巨匠ハンス・ホラインなどのデザインは、専門の建築家以外の人にも興味深いことでしょう。
旧市街地の建築
1区は楽聖達ゆかりの場所、彫刻・記念碑もウィーンで一番多い地区です。路面電車が締め出され、歩行者天国も多く、そのためプライベートガイドを付けてのウォーキングツアーでは一番お勧めの地区です。
その他、1区は帝制時代からの官庁街、また商業地区でもあるため、お目当てのブランド商品が揃う、いわゆる繁華街でもあります。
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