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1997/06/30-07/14

日本からの海外添乗員(正式には旅程管理主任者)

添乗員さん著書

添乗員の呼び名も現地斡旋員同様に様々です。旅程管理者、ツアーコンダクター(ツアコン、T/C)、ツアーリーダー、ツアーエスコート、ライゼライター(独)等です。

添乗員という呼び名の語源が、旧国鉄時代からの鉄道用語から取られたことは、当の添乗員も含め、ほとんど知られていないそうです。日本人の海外旅行は1960年代から始まりました。当時はまだ1ドル360円時代で、庶民には少し敷居が高かった時代です。今のように詳しいガイドブックなどは存在せず、たとえガイドブックがあっても、地理や歴史、大まかな気候、現地でのマナー程度のものでした。

当時は、日本にまだ洋式トイレが普及する前のことで、洋式トイレの上に和式で乗り用を足したとか、日本のお風呂と同じようにバスタブの外でザーザー水を流してしまい、下の階が水びたしになりお客様の賠償が大変だったとか、ビデがわからず、洗濯くらいならありそうなのですが、「これが音に聞こえた洋式トイレだ!」とばかり用を足したら全然流れず苦労したとか、はたまた、入れ歯をビデで洗ったとか、「夕食は宿で取る」というので浴衣ではなく、高級ホテルのレストランに洋式でヒラヒラのネグリジェで行ったとか、レストランで「いただきまーす!」の掛け声と共に全員で「ズーズー」とスープをすすり、その音に驚いたウェイターがお皿を落とした等など。いい時代でしたね。

この海外旅行曙期の頃は、日本から海外に進出しているパッケージ旅行手配網が無く、あったのは貿易会社の手配網だったそうです。それで当初は貨物を動かす手配網で旅行手配したそうです。

まだ海外在住の日本人が少なかった頃のことですから、今のように日本語の観光ガイドが居ず、観光は英語のガイドの案内で、それを添乗員が訳しながら観光しました。

しかし、それまで国内旅行で同行していた旅行会社の社員では、現地に行っても、言葉の壁があり観光にならず。語学堪能な人を伴った社員が同行したり、語学堪能者を旅行へ派遣したりしたのだそうです。

当初は新しく生まれた海外旅行同行係員の呼び名はありませんでした。呼び名が必用になったときに、貨物会社の手配から始まった海外旅行だったことから、列車の運転手の横に座った助手のことを添乗員と呼んだのと同じように、海外旅行同行係員を添乗員と呼ぶようになったのだそうです。

日本の添乗員には2つの職種があり、全国旅行業協会(ANTA)等が行う、研修に参加し、研修中に行われる試験に合格すると資格が得られます。

  1. 国内添乗員
    • その名の通り国内添乗の資格
  2. 一般添乗員
    • 国内添乗の他に海外添乗もできる資格
関連リンク:
(社)日本添乗サービス協会(日)
日本旅行業協会(JATA)

ちなみに、添乗員の本来の職務時間は朝8時から夜8時までの12時間です。心ある皆様は「寝つきが悪いのですが・・・」 と言って夜中の3時に添乗員の部屋にお電話なさいませんよう!旅行会社の末端で、職務契約し、旅程に沿ってツアーを管理する添乗員に、御自身で選ばれたツアーのホテル・レストラン・食事内容等などの不満を押しつけませんよう!

欧米だけでなく日本でも「買う」という行為は契約であるはずです。もしも契約違反があった場合には、それなりの対処方法があるはずです。「神は人の上に人をつくらず、人の下に人をつくらず」には賛成です。あたりまえながら買う人も売る人も同じ人間です。